日々のこと

ご無沙汰でございます。

来てしまったこの時が、2009年の5月が。

このブログ、前回の記録から、まあ随分と時間が経ってしまいました。
失礼いたしました。
私は平穏に過ごしています。とても穏やかな日々。
今までいかに、無謀な戦いをしていたのか知らされました。

なぜ、ブログを書いてないかと問われるならば、
うーん、正直ネットが面倒になってきたかなー。
皆さんどうです? メンドクサイことない?
最近は、パソコンを開くよりも、お友達に話す回数を増やしてパワーもらってます。
やっぱ、パソコン向かってるより、人と話してる方が、生き物として健全やと思うから。

と言いつつ、こんなブログでも見ていてくれる人もいるようだし、
ちょっと動きもあったので、書いてみちゃおうかな。

さて、2009年、5月です。
映画・ジョーズの登場シーンばりのBGMで、この時が来るのを恐怖に感じていました。

この5月は、時間の経過を感じるふたつの出来事があるから。
一つ目、私の人生に革命が起きてから丸1年が経過したということ。
二つ目、以前の職場を辞めてから5年が経過しているということ。

うーっっ。
なんだか苦しい。息ぐるしい感じなのだ。
どんどん時間はすぎていくのに、何やってんだろ。という感じ。

一つ目の革命とは。
昨年の今、取材をきっかけに自分と向き合うことを決めたことです。
「アトピーは必ず治る。治すのは自分」
ある冊子を作る仕事を通じて、偶然(必然?)にも巡ってきた出会い。

こんな自分でもアトピーから脱することができるんだ!と
強い確信をもって、体質改善に臨んだものの……。
やっぱり、私は弱かったなぁ。ステロイド断ちができなかったし、
確実に良くなっているものの、治療を続ける気力・資金が続かなかった。
でもま、ボチボチとゆっくり続けています。
もちろん、断食で教わった食事もね。続けてます。

そして二つ目、田舎暮らしに区切りをつけてから、もう5年が経ちました。
その間、山小屋へ行ったりナンだりと、楽しくも充実していたんだけど、
あの時の自分と比較してしまうな。

どうして、たった5年でこんなに老け込んでしまったんだろう(気持ちの面で)、と。
お気楽プータローのままでいられないのは当然なものの、
とても気が小さくなってる、いろんなことにパワーがなくなっている感じ。
悪い流れに流されている感じなのだ。

一部の方は、そろそろアレと結びつけていることでしょう。
そんなんです! 
THE BOOM 15周年に、私は以前の仕事を辞めたのでした。
だから、今年は20周年。楽しみだったものの、ナゼか気力がみなぎりません。

15周年ライブの時は、
大阪城ライブ後の月を見た後、愛車で東へと走り(高速を使わず)、
東京の武道館に参戦。最高に楽しかったぁ!
3月末に仕事を辞めたはずが、あっちへフラフラ旅を続け、
ようやく5月に埼玉の実家にたどり着くという、車中+路上テント+一部海外旅行生活。

あーあの自由、あの、「世界は広いなー楽しいなー」という感覚。
どこで無くしてしまったんだろう……。

そんな私に追い討ちをかけるように、20周年ライブは、野音で開催w(゚o゚)w
なぜ??「武道館でまた会いましょう」って言ったじゃん、MIYA!!
ま、行きますよ、行きますけどさ。(イマイチ自主性が感じられない私)

と、ダラダラ、ホワーンの平穏で単調で、穏やかに日々を繰り返していたころ、

ドッカ~ンannoy
来ました。富士山爆発のような出来事が。
あまりに突然なことに、小さな心臓が対応できず動揺してます。
落ち着いて、さぁ、ヒ・ヒ・フー。深呼吸や!

いやぁ……、神さまっているのねheart

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なつかしい道をあるく

なんだかとても、その場所の今を見てみたくなって、
通っていた学校までの道を歩いてみた。

いつも歩く駅への道とは逆方向。
駅周辺は開発が続き、いつも新しい何かが出現している。
新都心という名にそうように、街は小奇麗な空間を拡大し続けている。

なのに、この元通学路は田舎だった。
虫もいて、空が広くて、緑が残っていた。

子どもの頃の場所を訪れると誰もが思うはずだけど、
昔はあんなに遠かった学校までの道も、広いと思っていた道路の幅も、
全然近くて、せまかった。

新しい建物があるからかもしれない、
道も良くなっているからかもしれない。
でもやっぱり、あの頃とは違う自分がいる。

こんなに緑があるのに、なぜ私は「田舎で暮らしてみたい」なんて思ったんだろう。
自分でも間抜けだなと思うほど、そこは草ボーボーの自然だった。

あの頃の私はきっと、自分の今に精一杯で視界がせまかったんだろうな。
すぐそばにあるのに、
ひろい風景も、四季で変化する自然たちも、
今なら癒されたり発見があるものの存在すら
気づくことが出来なかったんだ。

でもだからこそ、その頃でしか見えないものを見れていた気がする。

だとするなら、今見ているものたちに対して
「あの頃は何も見えてなかったんだなー」なんて思う時が来るのかな。

久々、草のにおいをかいで、しばらく使わないでいた脳の一部が動いた気がした。

ずっと更新していなかったこの期間、いろいろありました。
まぁ、ゆっくり話せる時がくる?か、どうだか…
というわけで、なんとか生きてます。

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ワレも女子なり

可愛い服を買ってしまった(ワハッ)。

服なんて、耐久性が第一。
未だに、家や近所に出かけるのは、学生の頃着ていた服だし。

近頃は頂き物が多く、自分では絶対選ばないような色を着てみて、結構イイジャンと発見したりする。

サスガに、全く買わないわけにもいかず、服を買うのはフリマ(フリーマケット)で。
というのが、最近の定番。2000円で10枚ぐらい買うことも出来る。

そんな私だから、バーゲンとも無縁で来た。

そんな私が、可愛い服を買ってしまったのだ。
バーゲンにすれちがってしまい、
プリティなうえに、チープなワンピースをゲットしてしまったのだ!

安いからって無駄なものを買ってはいけない。
でも、今月末にパーティがあるし。
でもでも、知ってる人の前で着るには恥ずかしいし。
だからって、知らない人の所へわざわざ可愛い服を着ていくはずもないし。

試着してみる。
キャッ!! 短い♡
このボタンが良いなぁ、と思うものの、
後になって、前後ろ逆に着ていたことを知る。

さて、どうしよう。
こんな服を着ているだけで、表情もしぐさも変わってしまいそう。
でもま、これぐらいの娯楽はいいかと勢い買ってしまう。

帰り道、地に足付かぬという異様なテンションで、ウキウキの私。
靴どうしよ、バックは?と装う自分を思い浮かべては、ウフフ。
いつもの、ニマニマとはあきらかに違う。

私も女の子なんだなぁ、なんて思ったり。
普通の女の子は、こういう楽しみを優先にしているんだな、と気付いたりして。
(30代半ばにして!オレも女子やったタイ!!とは・・・)

スカートはけば、ルン♪
スーツを着れば、凛!
ドレスをまとえば、ワァオ☆
女とは、摩訶不思議なり。

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12年に一度の幸運!?

今年の私は、12年に一度の幸運な年なのだという。

そのウワサは、2年前ぐらいに聞いていた。
「2008年は、すごい運気が高いから、イイコトがありますよ」
頼みもしないのに、占い専門ライターさんが占ってくれたから。

チラッと見てしまう占いでは、どれもそう書いてある。

さぁ、いよいよ時は来た。

って、12年前はどうだったのか?というとぉ……、
以前書いた、「緑のふるさと協力隊」なるものに参加して、
田舎というフィールドを与えられた、我が人生のビックバンが起こった年になる。
まさに、ラッキーイヤーじゃ。

その出来事がきっかけとなり、
農業やろう!→愛媛の無茶々園を知り、
もっと自然の中で暮らしたい!→山小屋従業員となり、
もろもろが影響して、
本来、届くべき情報(日本の素晴らしさとか自然の神秘とか)を伝えるライターになりたい、と進んできたわけであり、
あの一年がその後の私を激変させたのだ。

今年からの12年が、
これまたどんな展開をしてくれるのか、
ワクワクで一杯。

ちなみに、もうひとつ前のラッキーイヤーは何があったかと思い起こすと…。
今の実家が建って、念願の個室を与えられた年だなぁ。
マンション住まいの兄と一緒の部屋から、ひとり部屋をあてがわれた時は、
妙な興奮があった(でも、その後の12年は苦悩の日々だったゾ……)。
それなりに、ラッキーイヤーなのかも知れない。

もう、12年分の願望を書いとこ。
・温めた書籍企画が形となりますように (現実的や)
・みんなのパワーを生み出す役割をこなせますように (これ大事)
・心技体から、表現者の自覚を高められますように (即効性が必要です)
・生きていく場所が見つかりますように (切実…)
・実家暮らしから脱出できますように (都内近郊の居候先を探してます)
……単なる神頼みになってしまった。

ということで、今年は自分を楽しもっと!

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今年こそ!!

フリーランスで仕事をしていると、素晴らしく自己管理できる人だと勘違いされることがある。

「フリーで働けるってだけでスゴイじゃないですか!  私なんて会社に来るから仕事するけど、家で一人で仕事するなんて、絶対無理ですよ」
「だからー、アタシだって全然出来てませんってば」
「でも、フリーで働いてるンですもんねぇ」

(コイツ嫌みか……)
内心思いつつ、フリーランスとは、自己管理できる人である、と世間から思われていることを実感。
いや、そうだ、自己管理できないと、本当にフリーで仕事を続けられないんだ。
だから、今年こそ、自己管理元年にしよう!!!

ということで、
昨年末から、「ちゃんと起きる」をまず目標に、自分なりに実行してみる。

それも、お助けアイテムつきで。
年末のテレビショッピングで、起きやすい時間に起こしてくれる腕時計と、
睡眠を促してくれるCD付きの商品をみて、買わねば!と勢い注文してしまったのだ。

これさえあればOKさ、と年末から試すが…。

“最後まで聴けないCD”と、うたい文句がついているもの、
2回連続で最後まで聴いても寝付けない・・・。
170人で実験して、7分半で寝るというデータがあるらしいが、
そんな簡単に寝れたら、人生楽だろーなぁ、と心から羨ましく思う。

肝心の腕時計の方は、
時計にセンサーが付いていて、活発に動くと目覚めていると認識し、
設定した時間に近いタイミングでアラームが鳴るらしいのだが・・・、
アトピーで、寝ながらにして体をひっかくクセがあり、寝返りしまくりの私には、
・・・使えん、ようだ。
CMでは、「いつもより快適に目覚めて仕事もはかどります」って、試した人が言ってた。
そういう人もいるし、素人でも演技できて、それっぽいセリフを言う事を忘れてた。

すぐには効果が出ないかもと、試すがCDでは眠れんし、
寝てないから起きたい時間には起きれんし、を繰り返す。

それも、睡眠をうながす(アヴェ・マリアとか)曲を毎日聞くもんだから、
しっかりメロディを記憶してしまって、仕事中も、この曲達が頭の中を巡ってるって、
どーいうこと!

じぇんじぇん、効果ないヤンかぁぁあー!2万円返せ!
(通販のカモとなる私)

でも、今年こそ、
早寝早起き朝ごはん、なのだ!(レベル低い目標だぁ)
そして、あこぶーポカポカ化計画も進行中。
キンキンに冷えた手足を改善しないと、本当に内臓から病気になりそうだ。

まずは、正しき生活習慣から!地道にやってみます。
ちゃんと、ご飯食べて。夜に寝て、昼に運動して(アンタどんな生活しとんねんって言われそうだ)。
日常生活をまともにすることが、フリーランスを継続するポイントになるはずだから。
もう!ホントに情けない目標だけどさ。

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いよいよやらかした

前から行きたかった所(近距離系)。

・新宿:鬼太郎茶屋
・浅草:寅さん記念館
・鎌倉:お寺巡り
・浦和:クライミングジム
・温泉(なるべく近所)
アレ?……若さがない。
ま、昔からか。

近所に温泉施設があることを知り行ってみる。
なかなか良いところ。

サウナや泡風呂はもちろん、
人の漬物ができそうな、1人分の陶器の樽風呂。
洞窟のように照明を落とした不思議な空間に寝そべる地下室風呂。
乳白色の露天風呂。

「あぁー。こりゃまるで、九州の阿蘇山近くの山に登った帰りの露天風呂と一緒やな~」、
と竹に覆われたさいたま市の露天風呂で、ムリコヤリコ(←どこの方言だっけ?)にイメージする。
露天風呂はエエワイねーと、ご機嫌で帰ると、
駅の改札で突然気付く。

財布忘れた!!

血相かえて財布を取りに戻る途中、即興で歌が出来上がる。
(♪『あわてんぼうのサンタクロース』のメロディーでどうぞ)

あわてんぼうの みうらあこぶー
財布を風呂屋に置いてきた
あわててRun Run Run あわててRun Run Run 
いそぐよ風呂屋へ走る Run Run Run Run Run Run ♪

財布を忘れたことが発覚した場所の付近で
風呂屋の看板を発見し、即電話。

走りながら、電話をかける。
財布を忘れたことを告げると、場所はどこかと問われる。
「たぶん、ロッカーの64番だと思います!」
この驚異の記憶力。我が事とは思えない。

自分の実家の郵便番号さえ間違える、数字音痴なのに。
この奇跡と共に、財布を盗む人がいなかった幸運が重なり、
我がお財布と御対面。
そして、サウナレベルの大汗。

そそっかしさと、おとぼけには自信があったものの、
未だかつて、財布だけはなくしたことがなかったのに……。
生活にすら他者の介助が必要なのか、と怖くなった夜となる。

それにしても、このナイスな創作曲。
我がテーマソングにならぬようにせねばネ。

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やっぱりアライグマか

年末の出来事をチラホラと。

2008年は、全国アチコチへ飛び回ることになりそうだし、
ようやく自分の書きたいことに取り組めそうだし、
となると、絶対的に生活の余裕は期待できないから、
正月休み長期旅、という夢は、断念。

日頃できないことをやろうと思ったものの、
伝票整理や名刺整理、書類の整理と掃除と、
どれも中途半端に片付かない。
あぁ、大変大変と言っては時間が過ぎた。

そして、パソコン通信回線の設定変更をしたもんだから、
大いに振り回されることになる。
でも、ここでひとつのモヤモヤが解決されることになる。

***

大宮駅西口の家電量販店。
ネットの回線変更など、店頭へ行けばOKかと思いきや、今使っている機種と交換しないとダメとのこと。これが一度目の訪問。

部品を持ってお店に行き変更を申し込むと、
手続きに1時間かかるという。ナ~ヌ?と店内をうろついてから機種変更。
後は家に帰って設定するだけか、と安気に試みるが、CDが動かない。
ブンブン唸っている。
ん? 他のCDやDVDは見れるデ?
ま、パソコンちゃんも日々酷使しているから、明日には調子が戻るやも、と
翌日に試みるが、やっぱしダメじゃ。

こりゃ、イカン。
ネットもメールも通信不可能では、年明けの仕事が間に合わん。
メーカーへ℡しても、CDが壊れている可能性ありとのこと。販売店へ電話してみる。
年末で忙しいためか、対応がイマイチ。
「宅急便で送りましょうか、でも、年内には間に合いませんね・・・」後で電話しますから
と言いつつ、サッパリ連絡がない。
イラつき、時間が過ぎていく。

壊れたCDの証拠を見せようと、パソコンを持参して販売店へ。これで3度目。
そして、思わぬことが発覚。
CDドライブが壊れていたのだ!
様々なCDを試してみるも、反応なし。

この年末に、不良CDを持たせやがって!と怒り客(←私)で乗り込んだのに、
自分のPCが壊れていただけの、迷惑客に一転。
店員さんが、親身になって直そうとしてくれるので、「もう、すみません」を繰り返す私。

優しい店員さんは、安いCDドライブの手配から、設定の手続きまでやろうとしてくれる。
でも、昨日かった新しい機種を家においてきたものだから、ここでは設定できない!

前の機種の設定を解除しないと、ネットにはつながらないという。
それが、うまくいかない可能性も高いので、メーカーのコールセンターを利用したほうが
いいとの事。
そのコールセンターが開いているのが、あと40分ぐらいしかない! ときたもんだ。

とにかくパソコンが直って、設定間近まで来たなら、やりきろうじゃないか!
と思い切ってタクシーにのる。

この店と我が家までは…、
歩いて30分強。
自転車なら15分くらい。
電車と徒歩でも30分ぐらい。
バスなら車も多いし時間が読めない…。中途半端に遠いのだ。

こんな距離にタクシーを使う身分でないものの、
残り時間を考えるとタクシーしか間に合わない。
とここで、面白いオジサンと出会うことになる。

やたら裏道を走るのだ。ブイブイと。
「すごい曲がるから、目が回るでしょ?」と聞いてくる。
「いやいや、サスガ裏道の達人ですね」と返すと、
「そりゃ、20年もこの仕事してるんだもん。もう、あきた」
と正直な捨て台詞に笑う。

そこでオジサンが話し出した。
「最近は、開発が進んでるでしょ?だから、山で食べものがなくなったせいか、
ここら辺でもタヌキが多くてね。夜なんて、道路に飛び込んでくるよ。
まったく開発は進むし、少子化だし、どうにもならねぇよ」
と日本の未来にも投げやり。

「いや、私はアライグマ見たんですよ!」と言いたいところで家に着く。
980円。ま、オッチャンも楽しそうに、「ありがとう!」って言ってくれたし、エエか。

家に飛び込み、急いでパソコンを立上げるが、やっぱりうまく繋がらない。
そして、コールセンターへ。
一度目の電話で教えてもらい大丈夫かと思いきや、ダメ。

2度目にかけても、原因究明に時間がかかる。再々立ち上げ直すので、
我が“オソオソマイペースパソコン”に待たされること、数十分。
電話中、再々沈黙が続く。

ああいう時間を、他の人はどんなふうにやり過ごすのだろうと考える。
「今日で仕事納めですよね」とか「もう、勤務時間過ぎてるのにすみませんね」なんて、
世間話を、このワザとらしい声の相手とするのも変だし。
結局、息を殺して立ち上がるのを待つ(気が小さいよなー)。
最終的に、2度の電話は1時間近くになってしまった・・・。

もう、コールセンターの終了時間をとっくに過ぎている。
明らかに、オネエサンの声に、怒りが潜んでいる。
「長いことすみませんでした」と低姿勢であやまると、
「とんでもございません。ありがとうございました!」と、仕事から解放された
軽やかな声で返してくれた。

タクシーのオッチャンのように、もうあきたって正直に言えばエエヤン。
と無理なことを思ったりして。

***

なんとかかんとか、3日かかってネット復活。
それも、タクシーに乗り込んだから間に合った。ヨシヨシ。

何より、狸出没の話を聞いて、
自分が見たものが、酔っ払いのたわ言じゃなかったことが分かり、
「これでスッキリ。年が越せる」と一安心。
でも、私が見たのは、タヌキやない。アライグマじゃ。あのシッポは。

こんなオマチにタヌキが暮らすなんて、可哀想なもんで。と、
“平成狸合戦ぽんぽこ”の世界を思う。
なので、仕事もせずに、遊びもせずに、うろうろが強化した年末となった。

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2008年は私の分岐点となる

あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします。

今年は、特別なことをしない年末年始を過ごしたいと考えていました。
普段の生活が、仕事によって大きく左右されるグチャグチャな日々だから、
せめて仕事が入らない正月ぐらい、穏やかな日々を過ごしたいという感じです。

(ただ、有難いことに4日提出の原稿もあり、お気楽にはしていられませんが)

やっと2008年が来てくれたか。
そんな気持ちで朝を迎えました。

ちょっと今年は気合が入っています。

私のライター業も今年で3年目となり、そろそろ方向性を見出す時期にきています。
今のような実家で甘える生活は終わりにしたい、でもギャラ優先の仕事では心がもたない。

ただ、今年は行けそうな気がするんです。

お正月のテレビを観ていたら
「人間は心で生きている生き物だから」と言っていた人がいました。
やっぱり、“思いが先”なんです。

「この先は何があるんだろう」「どうしても挑戦してみたい」
その思いがあってこそ、行動に移せる。

「今年は行けそう」「行くんだ」「行くぞ!!
その思いで、やってみます。

昨年の私の一年を一言にするなら、「生きてて良かったなぁ」になります。
10年前に出会った人たちとの思いがけない再会がきっかけとなり、
今、不思議な展開が動き出しています。

こんなことってあるんだ、それなら、事故もなく病気にもかからず、生きてこれて本当に「良かったなぁ」と思ったんです。

いろんなことから逃げてきたけど。でも、諦めなくてよかった。

こんなことがあるなら、その人生の不思議に、もっと足を踏み込んでみたいという冒険心がうずいています。

ほら!こんなん出来ました」と

今年が終わりを迎える頃言えるでしょうか。

いや、言いたい。

自分が動かないと進まないことだけれど、

多くの人の思いが一致すれば、小さな力で動き出すことを知らされた昨年だったから、

そんな波が、今年来ることを祈ります。

ひとりの力は小さい。でも、ひとりが動き出せば可能性は無限だから。

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5年日記が終わる

5年日記が今年で終わる。

「なんだか、これからの5年間は面白いことになりそう!」
そんな予感がした、20代の終わりの年に、
初めて5年日記なるのものを買ってみた。
以前から、日記をつける習慣があったわけでもないのに。

「なんだか、~な予感がする」は結構当たる方なので、
面白いに値する5年だった。
もう充分というほど、サバイバル度は高い。

でもその面白さが記録として日記に記されたわけじゃない。
5年全て空白の日も、たくさんある。

日記を書くというのは、メンドクサイ作業。
ここに嘘を書いてもしかたないし、だからといって業務日誌じゃないんだし、
口には出せないものを文字で残しておこうとすると、
うーん・・・。と止まってしまうものだから。

2年前から、ブログの形で書き始めたこともあって、
この日記帳に書くことは本当に減ってしまったけど、
日記は続かなくても、ブログは続くというのは、
受け止めてくれる人がいるからだと思う。

最初にはじめたブログは、ライターを目指す宣言として、
ちょうど2年前の今ごろに立ち上げた。

それをアドレスを変えて、ライターライフのブログにしようとしたが一旦休止して、
また復活して今の形になっている。
いろいろあっても、最初から読んでくれている人が随分いるのを最近知り、
本人が一番驚いている。

5年日記を始めたころは、
慣れ親しんだ愛媛を離れることを予測していなかった。
お世話になった土地を離れるとき、多くの人から「応援してるから」と言ってもらえた。
応援って、どうやって??
というのが私の本音だった。

本人さえ、数ヵ月後が分からない状態なのに、何をどう応援するんだろう、と。
旅立つものは未来を信じて妙に冷静で、見送る側の方が逆に興奮していたのかもしれない。

このブログにも、アクセス解析というのがあって、
どの県の人が見ているのか分かるようになっていることを、最近知った。
なんとまぁ、未だに愛媛がトップに来ている(たまに東京に抜かれているけど)。
“応援してる”って言葉を、今更ながら実感させてもらいました。
ありがとさんです。

もう暫らく、ここ(東京)で出来ることを頑張ります。
日記ではブログに書くような長文もかけないし、
制限のある仕事の文章とは違うものを書きたくなる時もあるし、
随分ダラダラしたブログになってしまったけれど、
もう暫らく、このスタイルを続けることでしょう。

ということで、日記帳売り場には目が行かない今年の年末。
ただ、これからの5年間も、
「なにやら思いがけないことが待っている」ような気がしてならない。
今年が、その発芽だったから。
もう、厄年も終わるしさ!! 

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大人も壊れてます

年末ということなのか、駅構内で暴れる大人をよく見かける。

先日は、
突然ドスっと仰向けに倒れた女性が、目を見開いてパチクリした後、
ヨロヨロっと起き上がって立っている。一目で泥酔しているのが分かる。
周囲が心配して駅員を呼ぶ。「大丈夫です。大丈夫ですから」を
繰り返す、オシャレな普通の若い女性。
お漏らししてたら、全然大丈夫じゃねえっぺ!
見てしまった罪悪感で、暫らく呆然とする。

駅員さんに向かって怒鳴っていたり、ケンカとなって激突しているのも
大抵、いい年の大人たち。
見たくないものを見せられて、不快だ。

昨日の電車は、またトラブルで遅れて、また混雑していたから、また乗客が怒っていた。
「緊急停止のボタンが押されましたので、確認をしております」アナウンスが流れる。
その時、中年の女性の声で、確かに響いた言葉。
「いい加減にしろよ」車両中の人みんなが、一瞬固まる。
「ぶっ殺すぞ」思わず振り返る私。でも、人混みで何も見えない。
甲高い声の女性の一言ほど、妙に切迫感がある。絶対にかかわりたくない人。

昨日、東京駅で銃弾自殺があったという。
その2時間後東京駅へ行ったけれど、いつものように、普通だった。
……。

オトロシや。
はやくココから脱出しなきゃ。
そう思わせてくれる、都会の壊れた大人たち。

汚染されて、たまるか!

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赤ワインとアライグマ

先日、「うんまっ!!」と喉が叫びそうな赤ワインを飲んだ。
いや、ご馳走になった。

それも、その直前に、「ワインの味は普遍的である」という講義を受けていたので、
もう格別だった。

ワインの味を知ったのは、山小屋従業員時代。
常連さんがワイン通で、毎週のように、「今回はコレ!」と背負って来てくれたのだ。
そのバリエーションの深さ、広さには、もう目がパチクリ☆

「このコク! なんてフルーティー! うゎスパイシィー!」 などと
イチイチ女子高生のような(?)反応をしていた。

その後、上等なワインとは縁がないまま時間が過ぎる。

それでも、最近になって、お酒をじっくり味わえるようになってきたので、
サワーなどの子どもの飲み物を卒業し、いろんなお酒にトライしてきた。

ずーっと気になっていたのは、日本酒より焼酎より、
ウイスキーやワインの方が、酒を越えたものがあるんじゃないか、ということ。

酔えばいいというアルコールじゃない、食べものの不思議というか、
時間をこえたことで楽しめる飲み物なんて、
やっぱりワインって凄いんじゃない!? と、常々考えていたのだ。

そんな私に、(本物の)大学教授から「ワインの味こそ普遍性がある」と聞いて、
「やっぱそうヤロ!!」と目が開かれる思いだった。

その方が言うには、
いくら日本酒が全国各地の味があっても、
ワインの幅の広さ、奥深さからしたら、
全然スケールが違うのだということだった。

誰が飲んでもおいしいもの、誰が味わっても素晴らしいものが
普遍的だということで言えば、
それこそワインは世界中の人が飲んでも普遍性があるのだ、
という話だった。(これだけじゃ、全然意味が伝わっていないと思うけど)

とにかく、私には
「ソウジャ、ソウジャ」と小躍りしたくなる理論だったのだ。

そんな話の後の、ワインだったから、
嫌、他に飲む人がいないのに、一本頼んでしまったから、
勢い、ヘベレケになるほど飲んでしまった。

その後、電話をかけている姿は、柱を叩きながら話す単なる酔っ払いだった。

そんな素敵なほろ酔いで帰った夜、
我が実家そばにて、アライグマと遭遇した。

「おお!!!」
酔っ払いの勢いなのか、丸っこい妙に大きな動物の影をみて、
過ぎ去った後を追っていくと、その先には我が家が見える。

もしや、ウチの庭に居るかもしれん。
あの胴体、あのシッポの大きさは、
絶対ネコじゃない、タヌキでもない、
絶対、じぇ~ったいにアライグマじゃ!!

と家の庭にまわると、やっぱり居たのだ、アライグマが。(ホントですから)

逆行となり神々しい姿で、私とおもいっきし睨みあったアライグマ。
なぜか愛媛の言葉で、「ワレェ、ダマッチョケー」と言われたような気がしてならない。

酔っ払いのエアーパンチをしてみたが、全くの効力がなく、
暫らくのにらみ合いの後、私が退散してしまった。

あぁ、美味しいワインの後は、アライグマかぁ。と妙な納得をして、
朝日が昇るころには、「住宅街にアライグマ出現!!」という騒動がおこり、
その日しばらく地元のニュースとして流れるんだろうなぁと想像したが、
全然聞かなかった。

なんでや?

飼いアライグマだったのだろうか……。
仕事を頑張る私にだけ姿を見せてくれた、何かの啓示か?

個人的今年のニュース、トップ5に入る、
「そんなん、アリィ?」な夜だった。

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寝る前の新習慣

最近、眠りにつく前に、今日あったイイ事を数えるようにしている。

ベットに仰向けになり、目を閉じながら、今日の出来事をていねいに追っていく。
朝から寝るまでの些細なことを思い起こすと、いろんなイイ事があったような気分になっていくから不思議。

「朝、予定の時間に起きられたじゃーん」「良かったねー」
「朝食もしっかり食べたじゃーん」「おいしかったねー」
「電車もタイミングよく乗れたしー」「ホントホント」

超ポジティブな謎のキャラが出てきて、すごくイイことのように合いの手を入れてくれる。
そうやって考えると、イイコトっていろいろあるもんだと思ったりする。

駅までの道で花がキレイだった、とか。
買い物をした時の店員さんのあいさつが気持ちよかった、とか。
締め切りを守れた、とか。
新しく出会った人と楽しい話ができた、とか。
この毛布があったかい、とか。
こうやって
穏やかに眠れるなぁ、とか。

ものすごく小さなことでも、イイコトを数えていくと、いつのまにか幸せな気分になっていく。

そして、今日もそれなり頑張ったじゃんと区切りをつけて、今日という一日が終わったことを実感できる。
そうなると、ちょっとだけ、明日もイイコトが起きるようで楽しみになってくる。

そんなことから、思いがけず朝の目覚めが良くなってきた。
午前中は使い物にならなかった頭が、始動するようになり、今までのように、明け方まで仕事をするようなことがなくなってきた。

そんな時もあったなぁ、とならないように、書き留めてみたけど、
この調子で、残り2ヶ月半の後厄を乗り切れたら良いのだが。

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手相を変えて人生を変える?

本屋チェックは仕事の一環なのに、またロクでもない本を熟読立ち読みしてしまった。

手相を変えれば、人生が変わるという本。
なりたい手相の線をマジックで書き続ければ、人生が変わるのだという。
そんな簡単に願いが叶ったら、……イケンやろ。
と笑いながら、右手と見比べつつ熟読立ち読み。

運命線、感情線、恋愛線、……。
悔しいけど当たっとるな。

その今の手相に、理想とする線をペンでなぞれば、
お金が入ったり、ダイエットに成功したり、理想の相手が出現するんと。
ウソやろ。
と、薄ら笑いながら、しっかり学習。

この、激しい感情線を穏やかにして、
ステキな恋がたくさん始まる恋愛線を刻み付けて、
今の私に必要で、未だかつてなかった線を足して、
と爪でなぞる。
思いっきり影響されてる。

意外だったのは、運命線が長いようだ、ということ。
どうなのそれ?

実に、見てもらいたい、知りたいことだ。
あと何年の命か。それにより、今やれることが違ってくる。

あと、数年なら、
今やってる、生活のためのアホらしい仕事を投げ捨てて、やりたいことに没頭できる。
もっと長い時間があるなら、長期的プランに切替えないといけない。

どっちなんだろう。
というより、自分が長生きすることを思い描けないことが、私の弱点だと再確認する。
立派なおばさんになって、お婆ちゃんになっていく自分を思い描けない。

自分の将来として現実的に考えられるのは、
次のオリンピックは何してるやろ、何処にいるんやろ、というぐらいだ。

ただ、今の私が自慢できることと言ったら、
あと一年の命と言われても、ジタバタしない自信があること。
自分に課せられた役割を突っ走っていける、きっと。
むしろ、その方がいいのに。と言い訳をしてしまう。

そんな、タラレバの話をしても仕方ないんだけどさ。

って思ったけど、
こないだのライブに影響されて、
もっとミヤの歌を聞き続けたい!
彼の音楽の本当の意味を理解するために、
ミヤが歌い続ける限り、受け止めたいと思った。
(長生きの目標が出来たぜ。あ~ぁ!幸せじゃ )

それにしても、
生き方が、その人の表情や言葉、雰囲気に出るように、
手のシワまで現れるって、心はウソ付けないもんだ。

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初体験

女 後厄3◎歳。
この歳になって初めて定期券を手にした。
なんだか、大人になった気分だ。

年齢を若く書くというのは、この欄か! とマジマジ見る。
18歳で運転免許を手にいれたような、妙な高潮感。

定期を手にしたといっても、
会社に就職したわけでなく、学校に通うわけでない。


フリーランス状態は同じなものの、広報を担当している団体から、
いっそ定期にしたら、と言われたからだ。
その意味が分からなかった。
定期の値段も知らなかったから。
ほんの
13往復程度の値段とは想像もつかなかった。

世の中、知らないことだらけや。

だから、定期圏内以外から乗り降りするにはどうしたらいいのかも知らんかった。
やはり、ゲートが音を立てて閉まる。

こんな状態で、女後厄3◎歳まで生きてこられたことに、
世間の皆々様のお陰やと感じいる。

この歳で、「初めて!」体験は、なかなか出来ることじゃない。
初めてなんて、出産と病気ぐらいという決め付けは甘かった。

そんなことを思いながら、初定期を握りしめ、ゲートを通る。

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モアイに会ってきた!

なんでまた、
モアイ像を見に、わざわざイースター島まで行く人がいるんだろう、
と不思議だったが、

今回はとても引き付けられて、見に行った。
東京・丸の内へ。

ニュースを見て、どうしても行きたいと、丸の内ビルへ向かう。
丸の内ビルがどこか知らず、反対方向へ行った後、
丸の内が東京駅付近だと知る……。
なんだ、近所じゃん。

 オーー…。この存在感。
 思わず、腹から声が出る。
 遠路はるばる、よくぞ御出で下さった。

Cimg0112
この鼻!
吸い込まれそうヤー。

まぁた、この口。
「フンだ!」に近く、
一緒に行った女子と
真似して笑う。
ムッチャ似てるって、アンタよ。






Cimg0110_2 この背中!
これを見に行ったわけで
行った甲斐があった。

人、鳥、虫?
いろいろ描かれている。
モノクロのコントラストも素敵。

これが、青空に向かって
何体も並んでるなんて、
想像しただけでロマン感じる。




世の中、不思議が一杯。

なにも、こんなビルに入れられるなんて、
モアイちゃんもビックリよなー、と冷静になったものの、

もう一度会いに行きそう。
今月、17日まで。

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毒を体に注ぎ込み

この夏、久々に肌の調子が悪くなった。

体中の皮膚がめくれて、全身ヤケドを負ったように呼吸するのも苦しい。
ちょっとの動きでもかゆみが増すので、ひたすらジッとして、
皮膚科に行くのだけを希望に、時間をやりすごした。

「薬を塗ればすぐ治るんだから……」
それは希望であり、悲しい現実。

ステロイドという抗生物質をやめて、保湿剤だけを塗っていてこの状態になったのだから、
体に悪いという「薬」を塗り続けないと、平安はやって来ないことになる。
それはまるで、麻薬のように、
生きているかぎり薬を塗り続けろ、と言われている恐怖に近い。

実際、皮膚科で薬をもらって数日経つと炎症は治まった。
でも、熱く真っ赤にはれていたことは治っても、それ以外にブツブツが出たりする。

こりゃ、農薬と一緒よ。
有機農業関係で働いていたから、本当に同じ理論だなと思わされる。

アブラムシが付いているから、それを殺す農薬をまく。
いなくなる。
でも、アブラムシを食べていた虫や食べられていた虫に影響が出て、
別の虫がわいて出る。
もしくは、虫を殺すための毒で、幹や葉・根なんかに影響が出たりする。

私の体の中で起こっていることも同じなんだ。

人間より優れた生殖能力を持つ生き物(虫たち)が、農薬に抵抗力をつけてドンドン強くなるように、
私の肌も、少しでも薬が切れると恐ろしい状態となってしまう。
薬がないといられない体。本来もっていたはずの、自己回復力がなくなっていく。

こんな衛生状態の高い経済大国の日本で、
こんな悲しい病気になる赤ちゃんが増えていて、
子どもの病気だったアトピーが大人になって発症する人が増えているなんて、
絶対ふざけてるよ。

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猛暑を越えて

「暑いやねぇ」
なんて言ったところで楽しくない言葉より、
どうせ頻繁に使うなら、
もっとシャレのきいた表現はないのだろうか。
その言葉を口にだせば、気持ちだけも涼を感じるような表現は。

地方独特の言葉とか、落語に出てくるテンポの良い響きなんかにありそうな、
と表現を変えたところで、まぎれもなく暑いのだけれど……。

もう、息をするのも苦しい。
そんな暑さを記録した先日。

最高気温の記録を、70年ぶりにぬりかえたというから、
一体どんな表現でこの暑さを伝えるだろうかと、気になりながらテレビを観る。
一応、言葉を使う仕事をしているから。

でも、「それじゃ!」と拍手を贈ってしまうような、新しい表現には出会わなかった。
こういうキャッチコピー的なものは、スポーツ新聞の方が上やもんな。

ただ、インタビューされた人が言っていた、
「燃えるようだね」という言葉は、「それ!」やな。
まさに、空気が燃えているような状態。

外に立っているだけでも、頭が呆然としてくる。冷静に息が出来る場所を探して、
誰しも、自己防衛に入る。
日陰を選んで歩き、水を飲み、クーラーの効いた室内へと飛び込む。

そりゃ当然なんだけど、
クーラーの室外機の横を歩けば、それこそ燃えた空気が飛び出してくるじゃないか。
暑さをしのぐため、暑さを作り出している私たち。

だからとまでは言わないが、
自分ひとりのためにクーラーを使うのはやめよう、というのが今年の目標。

環境問題に関わる仕事もしている今、
言葉で言うばっかりじゃカッコ悪いし、
今までのひとり暮らしも、ずっとクーラーを使っていなかったから。

ということで、汗かき図書館へ行って仕事をしたり、
喫茶店で資料を読み込んだりしている。

といっても、パソコンを使わないといけないので、最終的には家で働くことになり、
夏場の避難場所として、一階の客間にてお仕事中。

頭上から神棚、
目の前には掛け軸と象牙。
夏休みに、おばあちゃんの家に行ってまで宿題をやっていたような妙な気分だ。
だから身が入らない(言い訳)。畳はエエナァと、ゴロゴロしてばかりいる。

そんな私に、
「室内でも熱中症になるんだから」と、うるさく母とマスコミが言ってくる。
そして、あまりに暑い日は、クーラー部屋の居間にて、
父が観るサスペンスや時代劇や旅番組をBGMに、仕事をしなければいけない。

そうしてテレビの雑音を聞きながら仕事をしていると、
昔、テレビを観ながら宿題をしていた子ども時代を思いだす。

そんなだったから、こんなダラシナイ大人になってしまったんやなぁ、と
成長のなさを感じる、夏である。

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